葬儀の簡略化は時代の流れ
現代は、葬儀の簡略化が進み葬儀にお金をかけなくても、故人を冒涜したことにはならないという風潮が一般の人たちにも広がりつつあります。
時代は「家族葬で当たり前、直葬でもかまわない」という方向に向かってはいます。
それは東京を中心とした首都圏では顕著に数字として現れています。
でも、地方はその限りではなく、冠婚葬祭に熱心な名古屋等は葬儀の簡略化は緩やかです。
地方でも過疎化や老齢化で、昔のように村や街全体が葬儀にかかわることは難しくなってきています。
お墓も簡略化が進む
また、葬儀のみならずお墓についても時代は簡略化に進んでいます。
お墓を建てずに納骨堂での永代供養にする方が増えてきています。
一般のお墓と異なるのは、墓石が必要ないことや、はじめに一定料金を支払えばその後の費用は必要ないことです。
屋内にあることにより雨風にさらされることがないためお手入れや掃除も必要なくいつも清潔です。
冷暖房完備やバリアフリーのところも多いので、お年寄りでも手ぶらで行きやすいところにニーズがあります。
都市型の納骨堂が増えていっているのはこういった理由です。
お墓の問題点
また、お墓の問題とは、継承者がいなくなったお墓が増加傾向にあるということです。
無縁墓(むえんばか)といいます。
昔はお墓がある家が多かったのですが、核家族化や少子化、未婚の増加等で継承する人がいなかったりして無縁墓が増えていっています。
現在の日本は、火葬の後にお墓がなければお墓を買わなければならないという状況にあり、お墓を買うとずっと残り続けます。
そのため誰かが守り続けなければならないという状況が生まれてしまいます。
そのために納骨堂で永代供養という選択が多くなってきているのです。
葬儀はその時だけですみますが、お墓を建てるとそうはいきません。
お墓の管理者にしてもれば無縁墓ができてしまえば、管理費が入らなくなるわけですから困る訳ですよね。
これっておかしなシステムですよね。。
時代が進むと亡くなる人は増えるのに、お墓がどんどん増えていき、無縁墓も増えていく。
これでは、時代が流れるにつれて無縁墓を増産していくことにはならないでしょうか。
葬儀ビジネス
老いること、病気になること、死んでしまうこと、死んでしまった後、すべてがビジネスにつながっています。
すごく嫌な表現かもしれないですが、つまりはそういうことですよね。
少し前までは、葬儀は自宅や公民館等で営まれ自由度が高く今ほど費用はかかりませんでした。
親族の負担が大きいため現在の様なセレモニーホール等で行われるようになり、メリットもデメリットもありますが費用は葬儀ビジネスの拡大により増大してしまいました。
普段は宗派も何もないのに90%ぐらいの方が仏教のお葬式を営み、セレモニーホールや業者に高い費用を払い、よくわからないままお布施を払い、お墓を建て何百万もの費用がかかってしまうのです。
その費用のために、生前から互助会に入っていたり、遺族がローンで負担したりしています。
これって、おかしな話だと思います。
死ぬために費用を負担する、死んだ人のために生きている人が費用を支払い続け苦しむ・・・
生活に余裕のある方はいいかもしれませんが、そういった方ばかりではないでしょう。

まとめ
うちの父は次男ですが、長男が亡くなってしまったため事実上は先祖のお墓を守っています。
そして私は長女ですが女系なのでお墓はどうなるのかと思ってはいました。
そうしましたら父が孫(私の息子)に、お墓を守のはあなただよと話をしていてとても嫌になりました。
まだ小さな息子にそういった話をしたことに少し嫌悪感を抱きました。
この様に思っている方は少なくないと思います。
だって私の小さな息子は、祖父祖母は知っていてもご先祖様は知らないのだから。
まだ働いて金銭を得てもいないのにお墓を守れって意味がわかりません。
私としては一番は金銭的負担を息子にかけたくないです。
私のみならずご先祖様までと思うとゾッとします。
息子には自由に生きてほしいです。
今後は葬儀やお墓の常識は変わっていくことを願いますし、私も息子に負担がいかないよう努力します。